志賀“ロジャーダルトリー”直哉





(↑“筋肉馬鹿”志賀直哉)


タラチネ前の15分、クソblogきょう一日です。


自転車の行商人のじさまが路上で筍を売ってた。

小学校5〜6年の頃、家の前で野菜の自転車行商人のじさまが全く売れず、そろそろ帰ろうとして自転車にまたがって自転車を漕ごうとしたけど、足の踏ん張りがきかないのかどーやっても乗れず「わぃ。しかたねぇじゃ。」って自転車に乗らずに自転車を押して帰ったわ。

そのじさまが可哀想とかそんなんじゃなく、なんとなく涙が止まらなくなった。
人間の存在自体が抱える哀しさを見たような気がして哀しさが今でも止まらない。

この哀しさに涙するかわりに私は小説を書いてる。

的なエッセイを読んだ。


ほとんどのロッカーは意識的か無意識であるかに関わらず、その人間の哀しみが見えていたり感じていたりしてる。
そして、その涙の代わりにロックという手段を用いている。
ロックってのは、彼らのそんな魂と聴き手の深層にある哀しみが響きあうからロックってのはロックなのだろう。


そうじゃないロッカー、例えば志賀“マッチョマン”直哉などを読んでも何も感じないのは、彼のそんな哀しみに対する無理解を僕らは感じてるからだろう。

ところで、志賀“ロジャーダルトリー”直哉って筋肉馬鹿だよね。

志賀直哉、龍安寺の石庭推しらしい。
龍安寺石庭が好きな理由が「石造りだから、その創作者の創作意図がそのまま反映されてる」的なことらしい。
うまく言えないけど、なんか確実に違うよね。
さすが筋肉バカって感じだよね。


何回も同じ話でゴメン。


「わぁの女友達、デブでブスで性格悪いジャニヲタしかいない」って言ってた友人との会話。

自分「世間的にみんな知ってる女性有名人って、そんな良くないよね。誰かいる?」
友人「エビチャン。」

完全に論破されて、ぐぅの音も出なかった。


そんなエビチャン級に普通に美形な白石聖のバンドdramaの9話をtverで見た。
来週は最終回。
8〜10話しか見られない。
もっと早く知りたかった……。

白石聖バンドのメジャーデビューがせっかく決まったのに、我らが“国民のプロューサー”三浦翔平が白石聖バンドの前から姿を消す……。 


最終回が気になりまくる。
でも、ドラマが終わっちゃう……(蕎麦屋(泣))
ってか、昨日、シュガー&シュガーも終わっちゃった……(蕎麦屋(泣))


「オレンジ」をYouTube上で、白石聖バンド:赤い公園=9:1で見てる。


去年ぐらいに赤い公園@冷凍都市クォーターを二列目ぐらいで体感したライヴに対して「“これからのバンド”を泣き笑いを扱った映画のクライマックスシーンの劇中バンドライヴみたいなライヴ」って感じたのは、目の前にいたボーカリストが大きな理由だと思う。

そのボーカリストが二代目であるとか知らず、「あれ?何か違う。」って感じた。
その元アイドルのボーカリストのダサダサな服とか髪型とかさすがに目が離せなかった。
いまだにダサい。
(でも、いいロックボーカリストに“なった”。)


あなたの明日が良い一日でありますように〓



おりこうさま〓



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